
天才になりそこなった男の話
概要:
東洋大学の学生だったころ、丁度《ちょうど》学年試験の最中であったが、校門の前で電車から降りたところを自動車にはねとばされたことがあった。相当に運動神経が発達しているから、二、三|間《けん》空中に舞いあがり途中一回転のもんどりを打って落下したが、それでも左頭部をコンクリートへ叩《たた》きつけた。頭蓋骨に亀裂がはいって爾来《じらい》二ヶ年水薬を飲みつづけたが、当座は廃人になるんじゃないかと悩みつづけて憂鬱《ゆううつ》であった。
こんな話をきくと大概の人が御愁傷様《ごしゅうしょうさま》でというような似たりよったりの顔付《かおつき》をするものだが、ところがここにたった一人、私がこの話をしかけると豆鉄砲をくらった鳩《はと》のように唖然《あぜん》として(これは喋《しゃべ》っている私の方も唖然とした)つづいて羨望《せんぼう》のあまり長大息を洩《も》らした男があった。菱山修三《ひしやましゅうぞう》という詩人である。
(本文冒頭より抜粋)
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